伝統的在来種を守る法律を!

 本当に素晴らしい話。米国先住民族が守ってきた伝統的在来種を守るための法案ができた! 早く成立することを祈りたい。

A New Bill Could Help Protect the Sacred Seeds of Indigenous People

 トウモロコシは米大陸が原産。でも遺伝子組み換えトウモロコシが出現し、市場を独占(今年、米国で植えられた92%が遺伝子組み換え)。遺伝子組み換えトウモロコシは特許法や種苗法で守られるけれども、一方で伝統的な在来種を守る法律はなし。先住民族や市民の努力で守られてきているけれども、GMトウモロコシとの交雑による汚染や栽培地の減少で危機的な状況にある。

 こんな中、在来種を守る法律を作り、米国政府の機関の調査、保護施策の実現をはかる動きが出てきたというのはとても重要だろう。先住民族にとって、その伝統的なトウモロコシは単なる資源ではない。精神文化が依拠する重要な(聖なる)存在である。

 農業生物多様性は米国では前世紀93%減少、このまま多様性がなくなれば、病気や気候変動への対応含めて危険が指摘される中、多様性の維持は多くの人びとの関心事になってきている。そして、この在来種を守る必要があるのは米国だけではない。

 日本でも多くの在来種が守られてきた。多くが現在高齢の農家の方たちが守っている。それを受け継ぐ人がいなくなれば絶滅しかねない多くの種子がある。日本の種苗法は新しい品種の知的所有権(独占権)を25年守るだけで、こうした伝統種を守る法律は日本の中に存在しない。それらが失われた時に失うものは単なる遺伝資源の損失に留まらないものがあるだろう。

 伝統的な遺伝資源を守るという場合、気を付けなければならないのが知的所有権の罠かもしれない。たとえば民間企業ではなく公共機関が主体となって登録にすればいいじゃないか、と思われるかもしれないが、今の世の中、いつ民間企業に譲渡されるかわからない(日本では農業競争力強化支援法でそれが義務化されている状態)。民間企業の独占物になってしまう可能性がある。
 この知的所有権とは対極を成す概念としてオープンソースというものがある。つまり、独占しないことを前提に共有する資産とする(売って金を得ることはOK、ただし独占はしてはいけない)。共有財産としての遺伝資源を守るためには知的所有権ではなくオープンソースという概念に基づく法制度が必要となってくるのではないだろうか? 実際、オープンソースだったから人類は発展してきた。オープンソースにしたらそれを作った人が飢えるんだったら、Liunxがこれだけ隆盛になっていることをどう説明できるだろう? 知的所有権ガチガチのMicrosoftがどんどん落ち目になり、それに対してLinuxもAndroidもオープンソースベース。Mac OSだってそれ自体は違うけどオープンソースを土台に使っている。学問だってそうだ。もし研究が誰かの所有物にされたら学問は進歩しなかった。その恩恵を得ながら、知的所有権を守るのが唯一の道であるかのように言うものこそ天につばするものだろう。

 そして今、消えつつある遺伝資源だけでなく、それを活用してきた人びとの知恵と文化を継承することを支援する政策が必要であり、それは本当に急務だろう。

 今、農水省がやるべきなのは育成者権(知的所有権)を強化する種苗法改訂ではなく、日本の在来種を守るための政策なのではないだろうか? 具体的には今、地域でさまざまな人びとの力で行われている在来種の保存活動を支援する、たとえば保存庫を作る経済的支援が得られるとか、自治体の施設を無料で提供して種苗交換会が開けるようにするとか、職員を支援に回すとか、さまざまな支援を実現することなどはすぐにでもできるだろう。失われてからでは遅いのだ。

追記:公共財産としての種子を強調するのは種子によって支配することに反対するからであって、たとえば、先祖代々伝わる秘伝の種子があって、それは他のものには絶対渡さん、というのはそれはそれであっていいと思いますし、自由だと思います。そういうものを批判するつもりはありません。地方自治体でその自治体に限るとか、あるいは組合が開発した種子を使えるのは組合員に限る、などの制約を課したとしてもその人びとの農業・生活を守る公的な使命があるわけで、それはそれでありうることではないかと思います。
 何もすべて共有しなければいけない、ということを言いたいのではなく、種子を独占して押しつけて支配することはおかしいよということに尽きます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です