TPPと遺伝子組み換え

 TPPで遺伝子組み換え食品や食品表示義務はどうなるのか、よく尋ねられる。しかし、TPPが成立すれば脅かされるのは遺伝子組み換え食品表示に限られない。危険に曝されるのは食のシステム全体である。

多国籍アグリビジネスの支配の進む食のシステム

 まずここ10数年で食をめぐる状況はグローバルに大きく変わっている。生鮮食料品こそはまだ小規模家族農家による生産が世界的に多くを占めているものの、特に飼料や加工食品の原料となる農作物は多国籍アグリビジネスの支配のもとで数少ない大規模農家によって生産されている。流通企業の独占も急速に進んだ。ローカルな食のシステムは壊され、職も奪われている。

 世界の種子市場はわずか6つの遺伝子組み換え企業によって7割近くが独占されてしまっており、農薬市場においては同じ遺伝子組み換え企業が8割近い独占をするに至っている(遺伝子組み換えとはまず第一に農薬を売るための技術であり、遺伝子組み換え企業=農薬企業である)。

 米国のスーパーにならぶ食品の7割以上には遺伝子組み換えが含まれていると言われる。20年近くなる遺伝子組み換え食品の普及と同時にアレルギー、免疫疾患、糖尿病、ガン、自閉症、認知症などの慢性疾患が急激に上昇している。最近の研究では遺伝子組み換えとこの病気の増加に強いつながりを示唆するものが続出している。

 遺伝子組み換え食品への懸念が広がり、米国の消費者たちは遺伝子組み換え食品表示義務を求めて運動を始め、遺伝子組み換え食品表示義務法案の動きはすでに米国33州で生まれた。また遺伝子組み換え農業は遺伝子組み換え企業の宣伝とは逆に農薬や殺虫剤の使用増加をもたらし、今や遺伝子組み換えではない従来の農業よりも手間と費用がかかるものになってしまった。遺伝子組み換え企業は収穫が増えると宣伝しているが、毎年、最高の生産性を発揮しているのは遺伝子組み換え品種ではなく、そんなウソを信じる人も減ってきた。こんな状況の中で、米国では遺伝子組み換え企業の成績は行き詰まり、モンサントは11%の人員削減、3つの研究所の閉鎖を決定せざるをえない状況に追い込まれている。

 しかし、遺伝子組み換え企業は技術で成功を切り開いてきた企業ではない。米国の軍産複合体の一部をなし、米国政府の世界戦略に一体化した政治癒着によって大きくなってきた企業である。TPPはまさに彼らにとってのわたりに船と言える。

遺伝子組み換え企業が出したTPPへの要求書

 モンサントなどの遺伝子組み換え企業や製薬企業などのバイオテクノロジー企業によるロビー団体BIOは米国通商代表部に2009年3月にTPPに関する要求書を提出している。その内容をニュージーランドの市民団体が暴露したが、その要求は以下のようなものである(詳しくはTPPとバイオテクノロジー企業参照)。

  • 遺伝子組み換え作物を規制しないこと
  • 遺伝子組み換え表示義務を課さないこと
  • 遺伝子組み換えの規制は各国政府がばらばらに決めさせるのではなく、国際機関の決定に従わせること。
  • 外国政府が遺伝子組み換え作物貿易を止める前に米国政府に事前に協議すること
  • 種子企業の知的所有権優越の遵守を規定するUPOV1991年条約の批准を義務付けること

 実質的に遺伝子組み換え耕作を規制させる政策を米国政府の力も利用して、やめさせようとしていることだけでなく、種子企業の知的所有権の優越を認めさせようとしていることに注目したい。

 種子企業の知的所有権の優越とは何を意味するだろうか? 農民が収穫の中から次回の耕作に使う種子を保存するという行為、これは農耕が始まって以来、続く農の根幹をなすものだが、BIOの要求を受け入れるならば、これが犯罪行為とされてしまう。

 つまり、種子は種子企業の知的所有権物であり、それを勝手に農民が許可なく保存することは知的所有権違反であり、犯罪行為ということなのだ。政府に登録されている種子以外を使って農作物を作って売ることが禁止され、実質的に、農民は毎回種子企業から種子を買わなければならない、あるいはライセンス料を払わなければ種子を保存してはならないという体制にすることをBIOは要求している。そしてその種子市場は6大遺伝子組み換え企業が大部分を支配しているため、TPP参加国の農民はこうした種子企業の支配下に強制的に入れられるということになる。

ラテンアメリカを駆け巡ったモンサント法案

 2012年、メキシコで農民に種子を保存させることを犯罪とする法案(種苗法案)が出され、それは結果的にモンサントの農民支配をもたらすものとして、モンサント法案として反対運動が燃え上がり、法案は廃案となった。ほぼ同じ内容の法案がチリで上程され、上院を2013年に通過。全国的な反対運動によって2014年、ようやく廃案に追い込んだ。メキシコやチリだけではない。米国との自由貿易協定によって同じ法案がラテンアメリカ各国に押しつけられ、コロンビアとグアテマラでは成立してしまった。しかし、全国的な農民を先頭とする怒りが爆発し、コロンビア政府は法の実施を2年間凍結、グアテマラでは憲法裁判所が違憲判決して、議会も法律を撤廃してしまった。

 ラテンアメリカでは多くの農民が種子市場には依存せずに伝統的な農業を行い、種子は自分たちで保存し、交換している。バイオテク企業はラテンアメリカやアジア、アフリカのこうした自らの傘下に入らない農民をターゲットにしている。すでにメッキが剥がれた遺伝子組み換え企業としてはまだ情報が十分のない地域で稼ぐことにかなりの重点を置き、米国の外交を使って、なんとかその門戸をこじ開けようとしているが、多くの国はその門戸を容易には開こうとしていないのが現実である。

 そのために使われるトロイの木馬こそがこのTPPなのだ。

TPPテキストの中に潜むトロイの木馬

 11月に公開されたTPP交渉で使われたテキストにこのBIOの要求はどの程度盛り込まれているだろうか? さすがに世界的な注目を浴びる遺伝子組み換え食品表示義務の撤廃などは直接的な形では含まれていない。しかし、それよりも遺伝子組み換え企業にとっては実質的に利液となる条項が入ってしまっていることに注意しなければならない。

 その1つは第18条の知的所有権に入れられている。第18条第7項に参加国はUPOV1991年条約を批准することを義務付けている。このテキストが公開されるや否や、チリの反TPP運動からはTPP=モンサント法案という批判が燃え上がった。チリで廃案にしたばかりのモンサント法案がTPP加盟すれば国際的な義務となってしまう。

 しかし、問題はこれだけではない。TPPテキストの第2条第29項目では遺伝子組み換え作物貿易に関する作業部会を作るとしている。この作業部会の設立を朝日新聞は「安全を気にする消費者にも配慮して、情報共有を深める場をつくったと言える」(11月6日)と伝えているが、果たしてそうだろうか?

 先に書いたBIOの要求書の中にバイオテク企業が各国の審査制度をなくして国際機関にその機能を移すことを求めていることが含まれていることを思い出してほしい。いかにモンサントといえども、世界各国政府をすべて、さらには多数ある自治体まですべてコントロールすることは難しい。しかし、国際機関であればそのコントロールは容易である。そうした国際機関では多国籍企業の意向に反することはまず通りにくい。

 たとえば米国の例を見てみよう。米国では市民運動の成果で33州において遺伝子組み換え食品表示義務法案が提出され、3つの州で成立、さらに8つの自治体では遺伝子組み換え耕作禁止を決定している。遺伝子組み換え企業は州政府でこうした遺伝子組み換え食品表示義務法案など遺伝子組み換え規制の動きが出ると、大金を投じてその動きを封じ込めてきた。でもその動きは止まらない。そこで現在は連邦政府レベルでこうした自治体、州政府の遺伝子組み換え作物を規制する権限を奪う法案(HR1599、通称DARK法案Deny Americans the Right to Know Act、米国人の知る権利を否定する法案)を作らせ、すでに下院を7月に通過し、上院での成立を待つ段階となっている。つまり、市民にとって要求を認めさせやすい自治体、州政府の権限を多国籍企業の影響力を発揮できる連邦政府に移してしまう、実質的に遺伝子組み換えを規制できなくさせようというものだ。

 モンサントなどの多国籍企業にとって、日本の自治体までをコントロールすることは困難だ。自治体や各国政府に決めさせるのではなく、その権限を国際機関に移させる、米国国内でも自治体の権限を奪っていく、これが彼らの描いている戦略だろう。

 たとえば、現在、日本では遺伝子組み換え作物は商業栽培はされていない(実験栽培のみ)が、農水省レベルではすでに113品種の遺伝子組み換え栽培が承認されている。遺伝子組み換え耕作への農薬噴霧の許可などがまだというハードルはあるものの、日本は形式的には遺伝子組み換え耕作を認めている国であり、その歯止めの根拠は自治体である。北海道で遺伝子組み換え栽培がなされそうになった時に、その規制の条例を出すことで栽培はスタートしなかった。

 TPPによって、従来の民主主義の原則、主権在民を骨抜きにして、多国籍企業の張り子の虎である国際機関に権限を委譲する形になっていく危険は存在している。

 このDARK法案は上院審議に入る前に多くの市民の反発を呼び、そのままでは上院では審議されずに、年度ごとに細かい法案をまとめて審議する一括包括歳出法案の中にこっそり入れられようとしたが、市民の抗議の前に可決には至らなかった。しかし、2016年早々、また上院で審議される可能性もまだ残っており、警戒が必要だ。

骨抜きになる安全規制

 さらにTPPテキストの第7条では衛生植物検疫措置に関して、遅延すれば企業の権益を損なうとして消費者の安全以上に企業利益が優先されてしまい、輸入される作物のチェックが形骸化する可能性が高い。現在でもこの検疫はまったく不十分な状態にあり、安全は確保されているとは言いがたい。これをさらに簡略化する圧力にさらされれば実質的にほとんど機能しなくなるだろう。そして、もし簡略化しなければ多国籍企業による訴訟によって賠償金を払わされるシナリオが現実のものとなってしまうかもしれない。

危険を高める遺伝子組み換え作物

 TPPによって規制が緩和されようとしている一方、米国などで耕作されている遺伝子組み換えの危険度は高まりつつある。この20年近くにわたり、使われてきたモンサントの農薬ラウンドアップが効かなってきており、そのため使用量が激増している。そのため、米国環境保護庁は2014年からその農作物への残留許容量を大幅に引き上げている。もはやラウンドアップだけでは対応しきれないとして、ベトナム戦争で使われた枯れ葉剤を混ぜることで対応しようとする動きがある。

 遺伝子組み換え企業ダウ・ケミカルはラウンドアップにベトナム戦争で使われた枯れ葉剤の主成分の1つ、2,4-Dを混ぜた農薬Enlist Duoに耐性を持たせた遺伝子組み換え作物を開発、世界から多くの批判の中、米国政府は2014年9月以降、その栽培を承認する措置を取っている。これに対して、米国の市民組織が訴えを起こし、米国環境保護庁はその農薬承認を取り消した。

 一方、モンサントはラウンドアップにジカンバと呼ばれる農薬をまぜた農薬に耐性を持つ遺伝子組み換え作物を開発、こちらもダウ・ケミカルのEnlist Duoに耐性を持つ遺伝子組み換え作物と同時期に承認が行われている。こちらの方は現在、止まる気配がなく、中国政府が承認すれば大規模商業栽培が始まると見られており、モンサントはすでに2015年中に巨額の投資をこのジカンバ耐性遺伝子組み換えに投資している。

 これまでにまして遺伝子組み換え作物は危険になっていく可能性が高い。

 その時期に、逆に規制緩和させる制度を作ってしまうのがTPPであり、それを一度作ったら変えることができない危険をはらんでいる。そしてさらに指摘しておけば悪貨は良貨を駆逐する。TPPという悪貨がひとたび成立してしまえば、それは世界に悪影響を与えるだろう。悪い水準がグローバルスタンダードとなっていくことが危惧される。

 北米でも南米でも遺伝子組み換えの宣伝が作り出すメッキは禿げ始めている。米国政府が20年間近くにわたり、外交通じて世界に押し付けてきたにも関わらず、世界ではいまだたった28カ国でしか耕作は行われていない。そんな魅力のないものを強制する道具としてTPPは使われるだろう。そのためにTPPはステロイド入りのモンサント保護法だと反遺伝子組み換え運動からは批判されている。TPPは成立しないという楽観論を聞くが、それはどうかと思う。少なくともTPPはモンサントにとっては夢の実現に他ならないのだから、そんな夢を彼らはそう簡単に手放すだろうか?
 TPPとは食のシステムへの多国籍企業の支配をもたらす道具であり、関税のみに意識を奪われていれば、主権在民の原則が骨抜きとなり、デモクラシーから多国籍企業本位のコーポレートクラシーの時代に移行してしまいかねない。私たちの食のシステムを守ることの意義は今日ほど重要になった時代はない。
 まずは危険を知ることからすべてが始まる。遺伝子組み換えによる健康被害の問題に焦点を当てたドキュメンタリー映画『遺伝子組み換えルーレット−私たちの生命(いのち)へのギャンブル』の日本語版が完成している。ぜひ活用をよびかけたい。 『遺伝子組み換えルーレット』公式サイト

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