「満洲国」と今日の日本が共通するもの

満洲と現在の日本が共通して持つ問題にもっと目を向ける必要を感じている。学術的正確さなど果たせないがいくつか書いてみる。

農業の工業化の燃料となる大豆の世界化

 満鉄は別名大豆鉄道だった。日本の大豆自給率は戦前すでに2割程度しかなく、圧倒的な部分は中国東北部、朝鮮半島から得ていた。満鉄の手から大豆は米国に。これが戦後、世界の農業工業化を進める物質となっていく。

 戦後、日本は米国の大豆生産に依存するようになる。現在、大豆生産はモンサントやカーギルらに牛耳られており、来年以降は枯れ葉剤(2,4-D、ジカンバ)入りのものとなっていく危惧が高い。大豆は現在の工業化農業推進燃料であり、世界の支配体制の動向を握る戦略物質である。

 敗戦によって大陸からの供給が絶え、日本社会は食糧難、飢えに苦しむことになる。日本は貧しい農民を戦前、中国東北部、朝鮮半島に送り込んだ上、戦後、捨て去り、また太平洋諸島や南米にも送り出す。その南米でも大豆耕作を進める。さらに現在はアフリカへ。その開発手法は貧しい人びとの権利を無視したもので、世界各地から異議が上がっているが、日本政府は聞く耳を持たない。

満洲国と日本国家の類似性

 満洲を見ていると、現在の日本につながるものが多いことに気がつくと思う。満鉄は鉄道会社に留まるものではなかった。鉱山や工場の経営まで手がけ、満鉄調査部はその事業調査機関からは大幅に逸脱した存在だった。要はソ連の政府機関情報を盗むための諜報機関と言った方がいい。諜報機関というとソ連戦のための軍事的な情報活動だと考えるだろうが、むしろ、その焦点は経済政策にあった。

 転向したマルクス経済学の学者、学生をつぎ込んで、ソ連の産業政策をモニターし、それを「満洲国」の政策に取り入れ、1936年満洲産業開発5カ年計画を作っている。実際には日本軍部が日中戦争を拡大し、さらには世界大戦に突入する中で、この5カ年計画が効果を十分発揮したとはいえないが、資本主義後発国として重工業開発を進める上でソ連型政策の有効性に着目していたということだろう。実際にそれは戦後の日本の経済政策に利用されていくことになる。
 
 戦後、日本は世界にも類を見ないマルクス経済学が幅を効かす国となる。マルクス訓詁学では日本は世界トップのランクに位置する。日本政府が導入したのはもちろん、マルクス主義ではなく、国家資本主義、国家統制型開発政策だが。そしてそれは、巨大な官僚システムを作り出した。主権在民を否定し、国家がすべてを握る戦前の国家思想がそのままその官僚システムに引き継がれて戦後の日本国家が形成されていく。人びとの生を犠牲にしたシステムが完成する。

 「満洲国」はいわば、日本国家が採用すべき政策を試す実験場だったのかもしれない。情報統制を実現するために広告会社を制限した情報政策も満洲で試され、効果を発揮した後、日本国内でも導入されたと聞く。

 そして、この政策を満洲で、そして戦前の日本で、さらに戦後も推し進めたのは他ならぬ安倍現首相の祖父、岸信介である。「国民」国家という幻想の中で、経済成長の中で隠された「満洲国家」が形成されてきたといえるのではないか? 情報統制、教育統制、原発推進のエネルギー政策、こうした国策がこうしたシステムによって作り出されてきた。

 「満洲国家」が模倣したソ連の官僚システムは崩壊した。そのきっかけをつくったのは1986年のチェルノブイリ原発事故だ。事故から5年で崩壊した。日本の官僚システムはその後もしぶとく生きているが、東電福島原発事故からもう4年。果たして、日本の官僚システムはさらに生き延びるのだろうか? あるいはそれを私たちは許すのだろうか?

 祖父が作り出したこのシステムが崩壊する時に孫が首相というのは皮肉というのか、それともそのシステム崩壊を糊塗するのが彼の役割になるのか。それとも秘密保護法、安保法制でシステムの延命を図るのか、戦後の日本国家のありよう全体を問い返さなければならない時期にきているのではないかと思えてならない。

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