食のシステムの危機と命の連合

現在、世界は巨大な転換期にある。

米国の余剰農業生産に鋳型作られた戦後の世界の食料体制から新自由主義へ

ニューディール政策以降、米国は国内の農産物価格保証体制を取り、その結果、生み出される余剰農産物を第二次大戦後、外交の道具として世界にばらまいてきた。戦後の世界各国の食料体制は米国の食料政策の刻印を受けることになる。米国は大豆やトウモロコシ、小麦を売りつけ、肉食を押し付けてきた。その政策の下に米国系アグリビジネスは世界大に活動を拡大させた。EUは飼料を除く分野でほぼ自給を達成してきたが、日本および第三世界の多くはこの戦後体制の軛からいまだ自由になれていない。

米国政府の政策を基軸に国家が食料生産に大きく関与する食の戦後体制は、70年代後半以降から徐々に大きく変容を遂げていくことになる。国家に代わって主役に踊り出たのが、穀物メジャーであり、流通企業であり、さらに90年代後半からは遺伝子組み換え企業を筆頭とする種子=化学企業である。彼らは米国政府などの庇護のもとで巨大化し、そして、場合によっては国家の利益に反して動き、今や、国家の関与を邪魔であるとして無力化させ、国家による規制を無効化させ、唯一のルールメーカーになろうとしている。

岐路

国家が後退するに従って、かつての政治主体としての伝統的な農民組合は多くの国で無力化されている。大企業が食料の生産、運搬、流通までをも支配力を強め、消費者はその生産の内実を知る権利を失っている。食料生産の工業化が急激に進展したが、それは同時に環境破壊、健康の急速な悪化をもたらした。

この過程は生物多様性を工業的モノカルチャーに置き換えるものだった。人類はこの過程の中で多くの生物多様性を失うこととなったが、それは単に種の損失のみならず、文化的多様性の喪失でもあった。今、世界は一見多様に見えるものの、政治的には多様性を失うことで安定を失い、文化的にも異物の排除が強まり、モノトーンが社会を覆っている。

戦後体制で一定の力を持った労働組合、農民組合が厳しい状況に追い込まれる一方で、こうした食の体制に対する本源的なオルタナティブな運動が生まれつつある。食の工業化を排除し、伝統的知識と生態系の力を生かした生産を元に社会関係を構築しなおすアグロエコロジー運動がそれである。人びとの共有財産として存在した生物・自然資源をも企業の私物として独占させる食の体制に対して、食への権利に対しての目覚めがさまざまな階層で生まれてきている。

種子を企業に奪われた農民たちの闘い、農薬によって健康を破壊された農業労働者たちの闘い、工業化された食によって健康に懸念を感じる消費者、大規模プランテーションによって環境を破壊された住民たち、そうした人びとがアグロエコロジーによって食料主権を取り戻そうとしていている。そして、生態学の見地からアグロエコロジーの優越性にめざめた科学者たちがその動きを理論的に支え始めている。

今、TTP/TTIPなどを通じて、多国籍企業による工業型(企業型)食のシステムが完成に向かいつつある。しかし、同時にこうしたグローバリゼーションはその被害者としての農民・漁民、消費者、労働者を世界的に結びつけつつもある。まさに多国籍企業によるグローバリゼーション推進勢力にとって、もっとも危険な主体をこのプロセスは創りだしてしまう。ここに大きな矛盾が存在し、このフード・レジームはそうした主体の成長とともにやがて食い破られていくという希望を持つことが可能である。

多様性を求めるこの動きは互いに混ざり合い、資本主義が作り出したモノカルチャーに代わり、伝統の相互受容を通じたポリカルチャーを生み出すだろう。中南米の聖なる果実、カカオは世界化し、アフリカのコーヒーが世界化する。それは植民地化の過程でもあったが、生産者たちが力を取り戻す中で、それぞれの産物が持っている固有の力が生き始める。それは世界を変える力がある。生物多様性の回復は同時に内なる自然である人びとの免疫回復につながる。環境の回復と健康の回復は同期していくだろう。

しかし、この多国籍企業によるグローバリゼーションのプロセスは同時に農業生産の崩壊過程でもある。農薬に汚染され、土壌が崩壊し、生態系が狂い、気候変動が危険な域に突入していく。従来の小規模生産者は農業生産から追われ、究極の遺伝子組み換えと言われる合成生物学によって農業生産は畑から工場に移ってしまうかもしれない。オートメーションされた工場だけが動き続ける。そこには新しい世界を作り出す、あるいは破壊された世界を回復する主体は見いだせないだろう。そうなればもはや世界を回復する主体は不在となり、破局的崩壊のシナリオとなる。破滅的崩壊か、それともアグロエコロジー的再生か、その岐路に現在の文明は立たされている。

果たして、この多国籍企業による食の体制が完成してしまうのか、それともその体制を食い破り、環境と食の生産の持続を取り戻せるのか、それこそが今後のバトル・グランドとなる。そして世界の小規模生産者の大半が集中するアジアはそのメインアリーナとなる。

命の連合

この転換期は古い価値を最先端のものとして復活させる。

食、そして農はこの近代においてマージナルな領域に追いやられた。農業とは工業化できる範囲によって工業の視点からのみ計られるマージナルなものとなった。しかし、そうしたイデオロギーとは無関係に食は常に人類の根幹をなす活動であった。経済的指標ではわずかに過ぎない農業生産がこの資本主義社会の展開を可能にしていた。今、食が、農が根本的な社会変革を引き起こす中心課題となる。なぜなら食の崩壊は社会の崩壊を意味し、文明の崩壊を意味するからだ。同様に農の工業化によってマージナルな領域に追いやられた女性が価値を取り戻すことになる。

資本主義の限界がこの食の危機として現れている。資本主義の危機を乗り越える主体として期待された労働者の運動が困難な状況に陥る中、この資本主義的システムの根源的変革を要求する国際的農民運動la Via Campesinaが出現している。食料主権とアグロエコロジーを求める世界の民衆運動は食を社会のプライオリティ、最重要課題として、社会のど真ん中の問題として設定する。その新たな食のシステムを作り出す動きの中でさまざまな社会セクターが新しい関係で再びつながりつつある。

この食の危機は健康の危機であり、子どもの将来を憂う親の運動として、そしてその生きる環境を憂う環境運動として、そして医療の運動として、命をつなぐ生産者の運動として、消費者、労働者の運動として、生きとし生けるものの権利を求める運動として、その権利を奪う企業への抵抗運動として、命の連合を作り出す。

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