Kindle 2

PDFリーダーとして読もうとした時に現状のKindleは以下の欠点を持つと思う。

1. フォント組み込んだPDF以外の日本語のPDFは文字が何も表示されない。
2. 表示サイズが新書本サイズなので、大きな版のPDFを表示するには小さすぎる。

1の点はそのPDFが改変可能になっていれば、フォント組み込みに書き換えてやればいい。でもそれが禁止されたPDFファイルであれば、現状ではまったく読めないだろう。これは今後のファームウェアのアップデートで解決することを期待できるかどうか?

2の点はたとえばKindleを横位置にしてやることで多少大きな版のPDFファイルもそこそこ読める字の大きさにできなくはないが、その場合、1ページを3スクロールすることになるなど、なにせ表示される部分が小さいため、見通しが悪くなる。

これはものによってはひじょうにやりにくくなる。余白の大きなレイアウトなどされていると、120%くらいフォントを拡大したいところだけれども、現状のKindleには150%からとなっており、そうした微調整ができない。これは将来的には解決が期待できなくはないが。

やはり、よくあるA4版のPDFファイルを読むことを考えるとKindleサイズよりも、iPadサイズの方が適している。ただし、バックライトのあるiPadで長文のPDFを読むのはかなり目には負担になるとは思うが、机に向かって読まなくていい点はプラスではあるだろう。あるいはKindle Deluxeか。

かといって、そういくつも同じような端末持つわけにはいかないだろうが。

日本語処理の件などもあり、Kindleは即買いではなく、ちょっと待った方が賢いかもしれない。

こちらとしてはPDFファイルはどんなことをしても読むし、電子書籍の可能性を考えたいので、早めに買ったことは後悔はしていないが、展望としては結構大変だと思い始めている。

国家が人種主義になるとき─フランス政府によるロマの強制送還

フランスの移民・難民問題にお詳しく、現実にコミットされる研究者、稲葉奈々子氏が『寄せ場学会通信76号』のために書かれた文章、多くの方に読んでいただきたいものなので、氏の許可をいただいて、掲載させていただく。通信はともかく、『寄せ場学会年報』は購入もできるようだ。『寄せ場:日本寄せ場学会年報』


正規移民を強制退去させる方法

8月中旬、パリ郊外のサンドニ県ラ・クールヌーヴ市を訪れた。高度成長期に栄えた工業地帯で、中間層に近代的住居を供給する目的で多くの公的な集合住宅が建設された。そのひとつ「キャトル・ミル(四千)」と呼ばれる数千戸を有する集合住宅は、現在では貧困層が集中し、失業率が高く、2005年の都市暴動の舞台にもなった、フランスでもっとも「悪名高い」団地である。私がラ・クールヌーヴを訪れたのは、都市開発のために全戸取り壊し予定の「キャトル・ミル」の空き家占拠の聞き取り調査のためであった。パリ市内から地下鉄で13番線の終点のサン・ドニ聖堂駅で降りて、路面電車の線路沿いに徒歩で20分ほどの場所である。

ラ・クールヌーヴ市には大きな廃工場があちこちに残る。社会主義時代の東欧を彷彿させる風景である。国道沿いにトタンでしきられた廃工場の敷地から煙りがあがっており、内部にバラックが立ち並んで多くの人が出入りしている。サルコジ大統領が7月30日の演説で、3ヶ月以内に半数の撤去を宣言した、全国539カ所にあるというロマのキャンプのひとつであろう。サルコジいわく「無法地帯」である。

ラ・クールヌーヴ市と、隣接するオーベルビリエ市は、南仏のマルセイユ市、ドイツ国境のメッス市とならんで、伝統的にロマが多く居住する自治体である。政府はその数を全国で約15000人としている。そのほどんどはフランス国籍のロマである。移動生活をすることは、フランスでは法律で禁じられておらず、むしろ人口5000人以上の自治体に対してロマがキャンプする土地の用意を義務づけている。それでは、ルーマニアとブルガリアの出身者だったら何が問題になるのだろうか。7月末以来1ヶ月間で、キャンプの撤去とともに約1000人がブルガリアとルーマニアに強制退去させれた。うち約8割は帰国援助金(大人1人300ユーロ、子ども100ユーロ)を受け取っての「自主的」帰国であった。ロマを支援する弁護士によれば、強制退去にされたロマの半数は正規滞在だったという(Le Monde 2010年8月31日)。

自由移動の隘路

ルーマニアとブルガリアはEUに加入してすでに3年がたち、EU域内の自由移動は制限されていない。2013年末まで就労は制限されているが、介護、建設、飲食業などの人手不足の深刻な部門の150の職種については就労が認められている。つまりルーマニア人とブルガリア人だけを名指して強制退去の対象とする法的根拠はどこにもない。

EUはすべての加盟国出身者に自由移動を保障すると同時に、「公的秩序、治安、公衆衛生を脅かす」場合には退去強制の対象になるとを定めている。またフランスの入管法では、3ヶ月を越えてフランスに滞在する場合、就労していない者のうち「社会保障に非合理的な負担をかける」者は、強制退去の対象となる。フランス政府はこの規則を根拠にして、ルーマニアとブルガリアのロマの強制退去を正当化している。これは個々に書類を審査して適正な在留かどうかが判断されなくてはならないもので、ルーマニアとブルガリアのロマを集団として強制退去の対象とする根拠にはならない。事実、サルコジ政権によるロマの強制退去はEUの自由移動の原則に反するとして欧州委員会はフランスに説明を求めている。
しかも公的秩序を脅かすとする根拠は、ロマによる公あるいは私有地の占拠だが、これについては北フランスのリールの裁判所が公的秩序を脅かす行為には当たらないと判断している。

克服できなかった歴史となるのか

ロマが「物乞いで、万引きなどの常習犯である」というのは、言うまでもなくフランス人がつくりあげたイメージにすぎない。19世紀以降フランスに居住するようになったロマのほとんどは通常の住宅に定住している。現在フランスに在留するルーマニア人とブルガリア人は約36000人で、そのすべてがロマでもなければ、バラック生活をしているわけでもない。文化人類学者オリベラはバラック生活を送るルーマニア人とブルガリア人を約3000人と推定している(Le Monde 2010年8月10日)。

ロマが差別され迫害されてきた歴史が示すように、一般の人々がロマ=犯罪者というイメージを持つのは今にはじまったことではない。人種主義は、ある特定のエスニック集団に属する人は、生まれつき犯罪者なのだと人々に信じさせる。この人種主義を国家が政策として採用するならば、ある特定のエスニック集団に属すことが犯罪とみなされ、迫害の対象となる。サルコジ政権によるロマの強制退去は、国家がロマを犯罪者として名指すことであり、戦後ヨーロッパが克服しようとしてきた人種主義の歴史を無に帰すことである。9月4日には、人種主義的な移民政策に反対するデモにフランス全国で10万人が参加した。ナチス占領下のフランスでユダヤ人が収容所送りになるのを見て見ぬふりをした結果がもたらした事実を、市民は忘れていない。政府の人種主義にほおかぶりをしてすますことができないのは、日本も同様である。

Kindle

Kindleを買った。本を買わない/買えない人間がなんで買うのかと聞かれるかもしれない。本は図書館で借りられるものだけ読み、借りられないものはあきらめる、あるいは例外的に購入するという生活をしていて、それは当面変わらないと思う(ただKindleによって置く場所がないから買わない、という買わない理由は少しは減ったかもしれない)。

Kindleは電子書籍を買うための端末としてではなく、電子書籍を作るためのデバッグ(見え方をチェック)する端末として、そして、大量にあるPDFのマニュアル類を読むリーダーとして買うことに決めた。

これまでの日本の出版流通の仕組みが市民社会のニーズから大きくはずれていたこと、電子書籍でその制限を突破する可能性はなくはないと考えており、その試みはぜひしたいものだと大いに思っている。これはいつかもっと書きたいと思っている。

実際にKindleを手にしてみた最初の感想。やや表層なレベル。
1,インターフェースは想像以上にわかりにくく、操作もスムーズではない。改良の余地は大いにある感じだ。
2,肝心の画面の見え方だが、思った以上にコントラストは低い。以前よりも大幅に改良ということで期待していたけど、やや残念。
3,字体が細かい字でやや読みにくい。
4,PCやiPod touchのバックライトの液晶に比べると目が疲れずにじっくり長い時間読むことが可能。

全体的な暫定評価をしておくと、これはかなりの画期的な製品だと思う。

特に
1,電源消費がきわめて小さい。表示には電気を使わず、書き換えの時だけ使うという仕様はエネルギーを浪費したくないものが落ち着いて読書するのにとても適している。
2,膨大なPDFマニュアル類、印刷しても紙の無駄になってしまうが、Kindleの出現で、検索して必要な部分だけ画面で読むことができ、これでマニュアル類の印刷は不要になりそう。完全なペーパーレスは無理としてもかなり紙の消費を減らせる。

個人的にはこの2つの点は気に入っている。

しかし、このKindleもまた米国企業の利益の源泉となるものであって、その船に乗らなければならないということに躊躇を感じないということはない。まぁAmazonから電子書籍をばんばん買うことはないのだから儲けさせないとは思うが。

Amazonから買ったものではないものをPCから簡単にコピーしてじっくり読むことができる。当面はそんなPDFリーダーとして使うことになりそうだ。

市民とメディアが作るメディアのCSR Twitterをはじめよう!

9月4日、武蔵野・三鷹メディフェス2010にA SEED JapanメディアCSRの方々に呼んでいただき、Twitterの講座をやらせていただきました。

メディアCSRプロジェクトとは「マスメディアが報道における公共性・独立性を発揮し、市民が主体的にメディアを選択する社会を創造するプロジェクト」とのことで、テレビ局の姿勢に市民の側から積極的に注文を付けていこうとさまざまな働きかけを行っています。

情報産業が寡占状態になっているいびつな日本でこのような試みはなかなか意義深いと思います。

そのプロジェクトとTwitterをどう使うか、という2つの軸をどううまくかみ合わせるかということですが、直前に食あたりという不運で準備不足となってしまい、十分かみ合えなかったかもしれませんが、A SEED Japanや年齢層の幅のある参加された方たちにはいろいろ学ばせていただく機会となりました。

とりあえずはプレゼンファイルです。

放送局に勤めておられた方から三宅島問題の掲示板がすぐれていること、アーカイブとして優れている、管理者の管理方針がよく参加者に知られている、などの提起を受けました。掲示板の管理はなかなか大変でテーマを選ぶ気がしますが、確かにアーカイブが利用できることなどはメリットだろうと思います。TwitterもTogetterなどアーカイブ化するような使い方できなくはないですが、過ぎ去ったデータをいかに生かすか、という点は難しいところもあると思います。

Twitterをきっかけにさらに別な仕組みでネットワークを深化させていくような方法は今後、もっと試したいところです。

社会を変えるためには情報をまず民主化しよう、ということで、Twitterはかなり使える。特に世界大でさまざまな動きを作るのに適していると思いますが、同時にTwitterだけに依存できないジレンマがあります。どうTwitterをさまざまな局面で活用してTwitterに留まらないネットワークに発展させていけるのか、まだこれ、という実例は見つからないのだけれども、試して行ければと思っています。

Twitterとグローバル資本主義

Twitterとネオリベラリズムは親和性が高いと思う。いや、Twitterに限らず、最近のインターネットの業界を仕切るものはネオリベラリズム的価値観を体現していると言っても言い過ぎでない気がする。

ネオリベラリズムといっても、ネオコンの潮流や日本の小泉に代表される流れは盛りをすぎた感があるかもしれない。極端な軍事行動に代表される露骨な米国一国主義的ネオリベラリズムは破綻したといえるだろう。しかし、そうした狭義の政治潮流とはレベルを異にしたところで、ネオリベラリズムは今なお力を失っていないように思える。あるいはここでネオリベラリズムという言葉を使うことは混乱を生むだけかもしれない。それならばグローバル資本主義と置き換えるべきか。

情報産業の再編を見てみよう。世界をフラットに、それまでの多様性を破壊して、1つの文化へと収束させようとしている。インターネットの利用が拡大すれば拡大するほど、さまざまなライセンス料が米系企業に吸い上げられる。極少数の米系多国籍企業が巨大化して支配的存在となっていく。「自由競争」と言うが決して技術的な優劣では必ずしもなく、市場の支配力にものを言わせる。米国政府の力だけは世界中の国の規制・抵抗を無化させるために最大限に使う。決してグローバル資本主義は小さな政府を主張しているのではなく、自分の活動に抵抗する組織の抵抗力を奪うためには国家の力を必要としている。

Microsoftはさまざまな国のソフトウエア会社をつぶしながら巨大化した。インテル、Googleしかり。米国以外の国の規制を最小限にさせて、「自由」競争させて、競争相手をなぎ倒していく。しかし、もちろん米国政府の軍事力にものを言わせてなぎ倒したのではない。米国流の知的所有権の押しつけに始まり、ソフトウエアの物量での圧倒、そうした力で競争相手はなぎ倒されていった。インターネットはグローバル資本主義のインフラとして機能した。

その後に登場したのがSNSだろう。TwitterやFacebookは世界中のSNSをつぶしながら大きくなってきた。これからもつぶしつづけるだろう。彼らによってローカルなSNSがなくなった後、SNSとはこの米系SNSのことを意味するようになる。SNSは今後さらに社会の重要な機能を担っていくだろう。それが米系企業によって独占されている状況を想像してみればいい。情報植民地と言ってもいい。

それではグローバル資本主義と闘うためにTwitterをボイコットすべきだろうか?

ボイコットはグローバル資本主義にはなんの痛手にもならない。制覇後の世界はボイコットしたものたちだけが社会から孤立する以外の結果を生まない。

これが今、われわれが置かれた世界なのだろう。

Twitterさらにはインターネットを使わないで、グローバル資本主義に抵抗することは難しい。利用することで、グローバル資本主義に組み込まれることを意識しながら抵抗できる道を考えるしかないのではないだろうか?

しかし、意識しているつもりで、彼らのシステムで踊らされる可能性は十分高い。SNSの利用という行為そのものがマーケティング情報収集への協力となり、利用者の主観的意志とは無関係に、グローバル資本主義の延命のために貴重なデータを提供していることにつながってしまうだろう。

どのようにグローバル資本主義の歯車の一つとなることなく、もっとましな世界のあり方を作り出すことが可能だろうか?

パラレルワールド?

パラレルワールドとか書いても、Twitter互換の平行システムを社会運動の力で作りだそうというわけではない。TwitterやFacebookは世界大の情報インフラとなりつつあるわけで、その規模で互換システムなんて金のないものに作れるわけがない。

しかし、Twitter上でネットワークを作っているだけではそのネットワークはTwitterに依存する。いくら自分のつながりたい相手のIDをすべてバックアップしたところで、そのIDはTwiter上でしか意味を持たない。Twitterを離れれば無意味な記号になってしまう。

Twitterを使う以上はその問題が常につきまとう。

実際のリアルワールドへの関わりもTwitter上では保証されない。

Twitterはその点、社会運動にとっては二重に仮想的な存在だ。逆に仮想だからこそ、気楽に関わりが持てる。しかし仮想で終わっていれば現実は変わらない。

具体的な現実社会を変える動きを作る上で、Twitterと現実社会を架橋させるなんらかの仕組みが必要となってくる。

単一の仕組みではなく、無数の仕組みが必要になるのかもしれない。どんな仕組みが必要か、具体的に考えてみたい。

JCA-NETワークショップ ネットの力をフルに使いこなそう報告

8月2日 JCA-NETワークショップ「ネットの力をフルに使いこなそう!」が開かれ、小倉利丸さんの司会のもとで講師を務めさせていただきました。

話した内容については以下のプレゼンファイルを参照していただければと思いますが、参加型の運動を作っていくためにも、Twitterなどのソーシャルネットワークツールを活用してメッセージを広げ、それと同時に自分たちのサイトやオンライン活動、オフラインの活動に連動し、さらにそれがメッセージを広げることになるという循環・サイクルを作ることの重要性をまとめたものです。

Twitterだけではだめだし、Webサイトだけでもだめ、さらにはバーチャルなものだけでもだめ。肝心なのは連動であり、統合だということです。

(プレゼンファイルはMacのKeynoteというソフトで作ったもの。Keynote持っている人は少ないということで、マイクロソフトのパワーポイント形式に書き出したもの、PDFファイルも用意しました。しかし3つのファイルのどれかをダウンロードするよりも、最後のQuickTimeのMovieを見るのが一番てっとり早いかもSlideshareを見るのがてっとり早いかも)。

なかなか実例として紹介できるものでこれは、というものがなく、その点、苦しいところがあります。

追記8月7日 slideshare にアップしました。プレゼンファイル (Slideshare版)

プレゼンファイル(Mac Keynote版 3.1MB)
プレゼンファイル(Microsoft PowerPoint版 3.7MB)
プレゼンファイル(PDF版 7.1MB)
プレゼンMovie(QuickTime 4MB)

なかなか突っ込んだ質問ばかりで答えに窮することが多く、考えさせられました。

即答できなくても、重要な論点だと思うので、今後とも常に頭に入れて、考えていきたいと思います。

以下、質問の一部と、とりあえず返答できることをまとめてみました(会場で言い切れなかったことも入っています)。


問: TwitterのTweet数は日本語は英語に次ぐ数で、米国をも上回る数だが、一方で、海外と連携しているケースは少なく、孤立してしまっていると思うが、どういう解決策があるか?

日本の市民社会の問題を海外に知らせていく、という点ではかつてAMPOという英文雑誌があり、PP研もJaponesiaという英文雑誌を発行して、知らせていたが、それも現在止まってしまっている。いくつか個別の運動で英文での情報発信をしている他は、海外の人たちにとって、日本の情報はマスコミが出す情報で知る他ない。

Twitterを使う際、日本語で数多く書いてしまうアカウントを日本語がわからない人がフォローするケースは少なく、その場合、言語ごとにアカウントを作って書いていくことが望ましいだろうが、そうした場合の手間はかなり大変なものになっていく。個人的にも英語とポルトガル語のアカウント、それから日本語と英語で交互で書くアカウントを日本語の他に作っているが、日本語以外はほとんど書けていないのが現実(これは外国語力のなさもあるが)。

外国語での情報発信は個人のレベルではできることが限られると思うので、組織的に外国語で情報発信していける体制を考えていく必要があるのではないだろうか?

問: 今後、都知事選などが迫ってくるが、Twitterは力を発揮するだろうか?

多くのフォロワーを持つ場合、せっかくそのフォロワーからのインプットが来ても、何も反応がなければ、フォロワーの気持ちも萎えてしまうだろう。

参院選でTwitterを使った市民運動に近い人たちの共通点はみな、一人でやっていること。これだと到底、多くの市民からの声に反応するのは無理になってしまう。

たとえば、スタッフの側がフォロワーからのメッセージを読んで、これは事務局が答えられるもの、これはどうしても本人から返事をしてもらった方がいいもの、というように振り分けしていけば、かなり有効に使えるだろう。

Hootsuite(http://hootsuite.com/)のサービスにはこうした1つのアカウントを複数の人が使って共同で対応していくための機能が盛り込まれている。「この件はAさん、返事してね」とかアサインすることができて、その内容はメールで伝わる。そのメールで受けたAさんが返事をすると、Aさんの返事がみなに共有される。

これは市民運動団体で組織として使うアカウントを使う時にも使える方法なので、ぜひ、検討してみてほしい。

問: Twitterは140文字しか書けない。小泉流のワンフレーズポリティクスになってしまうから使うべきではない、という意見があるが。

そういうことを言う人は使わずに言っていると思う。実際に140文字で表現できることはかなりある。新聞の見出しでも140文字のような長文の見出しはない。その見出しから自分のブログにURLを張って読みに来てもらえれば長い文章でも十分書ける。

もちろん、その見出しだけ読んで、リンク先の記事は読まずに曲解してつっかかってくる人はいる。僕も野中広務・辛淑玉『差別と日本人』の書評を書いたら、書評を読みもせずに、野中を持ち上げるとは何事だと書いてきた人がいた。

それはしっかり読め、というしかないし、それ以上のものではない。しかし、長く書けるから、大丈夫というのもあやしい前提だと思う。メーリングリストではかなり長文書けるけど、その長文は本当に読まれているだろうか? 斜め読みして決めつけて議論してしまえば同じこと。

Twitterを使ったから短絡的な発想になるということはないと思う。

問: Twitterは米系営利企業の無料サービスであるので、それを市民運動が使う際に気をつけるべきガイドラインはあるか?

非営利団体に向けたガイドブック的な情報はいくつかある。

The DigiActive Guide to Twitter for Activism

50 Social Media Tactics for Nonprofits

でも、まだ日本ではこうしたものはまだ作られていないのではないか?

Twitterは国境の壁を越えて、問題意識を共有している人たちのネットワークを作るのにすぐれたツールだと思うが、残念ながら米国の営利企業のサービスなので、その点を十分に考えなければならないと思う。

たとえば、日本でもまぐまぐとか営利企業が無料で提供しているサービスがある。まぐまぐでメールマガジンをやったとしても、誰が講読してくれているか、そのメルマガの発行者すら知ることができない。もし倒産とかでサービスが止まれば、いくら講読者を苦労して獲得していてもその成果はすべて泡に消えてしまう。

Twitterも似たところがあり、相手のTwitter IDはわかるが、メールアドレスまではわからない。だから気軽にフォローしたり、されたりすることができるのは利点だが、もし、Twitterがサービスを停止してしまえば、いくらIDを記録してあっても、それは意味を失ってしまう。ネットワークをせっかくTwitterで広げてもそれはTwitter次第ではいつ失うかわからない。

それではTwitterは使わない、という選択になるのかというと、それも賢い選択とは思えない。Twitterを使えば効率よく、ネットワークを広げることができるわけだから、使わない手はない。しかし、Twitterで終わることなく、可能な限り、独自のネットワークを発展させていくことが決定的に重要だと思う。

Twitterはヤドカリの宿のようなもので、自分のネットワークを発展させるために借りる一時的な宿に過ぎないと思う。別の宿ができれば、それに移ることもありうる。

シナリオは全く存在しないので、どういう形が可能か、やってみるしかないところがある。

問: 営利企業のサービスに対して、オープンソースなSNSはないのだろうか?

Twitterに類似したオープンソースのものもすでにあるのかもしれないし、OpenPNEのようにすでに発展しているオープンソースのSNSも存在している。

だから、特定の領域でそうしたSNSを活用していくことは可能だと思う。

ただ、Twitterのような全世界で展開されているSNSを非営利ベースで運営することはスケーラビリティなどの点でまず無理だろうと思う。

TwitterほどのSNSが魅力を持つためには多くの人が参加する必要があり、そのスケールを支えることは非営利ベースでは困難だ。Twitterはベンチャー企業として始まり、Googleやマイクロソフトの検索エンジンにTwitterのデータベースを接続させるところで巨額の収入を得ることができるようになっているが、そうしたインフラを支えるだけの収入を作らないと維持ができないだろう。スケールの必要な部分は非営利セクターは無理をせずに営利セクターのサービスを使うことになるのではないだろうか?

オープンソースの活用は市民運動としては今後もより重要になると思う。

問: FacebookとTwitterの違いはどうだろうか?

Facebookについてはまだ語れるほど経験が僕にもない。今の状況ではTwitterの方が反応がいいため、費用対効果はずっと高い。Facebookが効果的になってくるのは、今年の末くらいからだろう。

海外ではFacebookに一日浸っているような生活をする人が増えてきている。だからFacebookの中に市民運動も企業も入っていかないと人びとの支持を得ることが難しい。Twitterのようなテキスト情報だけでなく、音楽などマルチメディア的な展開がしやすいのがFacebook。

問: Facebookを使う際に気をつけるべき点などは?

残念ながら、まだ十分にガイドラインを提起できるところまで行っていない。

ただ、Facebookはプライバシーの扱いをたびたび変えたり、そのたびごとに問題になっている。海外の市民運動での対応から学べることは多いと思う。

問: Twitterを始めると時間が取られてしまって、それは避けたいと思って始められない。

Twitterの使い方にはいろいろなものがある。常に他人とずっとやりとりをし続けなければならないと思う必要はない。自分のスタンスをはっきりさせて、そのスタンスでTweetしていくことは十分ありえるので、時間を大幅に使わないで使っていく方法はあるだろう。

2万人いるメールマガジンよりも、1000人足らずのフォロワーのTwitterアカウントの方が効果を上げることは十分ありうる。1000人のフォロワーは情報豊かなNGOであれば1年あれば得ることは可能。2万人の講読者を得ようというのはそう簡単ではない。その点からもTwitterの可能性は高いと思う。

曲がり角にきたブラジル

 急激な経済成長を続けるブラジル。その姿の激変を10年前に誰が想像できただろうか?かつての債務大国は今やアフリカ開発のリーダーになりつつあり、開発援助国に変身した。かつては石油輸入国。今や、プレソルト層という深い地層からの海底油田開発で一挙に巨大産油国になろうとしている。製糖産業とともに衰退すると思われていたサトウキビ農園は今や遺伝子組み換えを駆使したバイオ燃料を世界に輸出する生産拠点になろうとしている。

 外交的にも米国との関係を保ちつつも、イラン外交やアフリカ外交では独自性を見せ、エイズ対策や反飢餓政策では発展途上国のリーダーの1つになった。

 国内の反貧困政策では家族支援プログラムを実施。乳幼児死亡率を激減させ、貧困層の生活向上を成功させており、支持率は今年5月の段階で70%を超えている。任期満了が近い政権でこのような高い支持率を得ている政権はまれではないだろうか?

深刻化する環境問題、地方の搾取

 しかし、この高い支持率と経済成長の陰で、深刻な問題が進行しつつある。それは都市から離れた地方から見ればよりくっきり見えてくる。

 2つの問題を挙げてみよう。1つはベロモンチダム開発、もう1つは森林法の改訂である。前者は東アマゾンの奥地に世界第3位となる巨大ダムと水力発電所を作るという30年前の軍事独裁政権時代に作られた計画だが、先住民族の強い反対のもと、建設は阻止されてきた。1989年にはスティングと先住民族の世界的な反対運動にまで発展している。 

 ブラジルでは大規模停電が頻繁に起き、成長を支えるためと称して大規模な発電計画が出されている。ベロモンチダムはその目玉。ベロモンチダム計画の有効性には専門家からも疑義が表明され、映画『アバター』の監督ジェームズ・キャメロンもベロモンチダム反対運動に参加。それにも関わらずルラ政権はダム建設を強行する構えだ。建設が強行されれば、それでなくとも破壊の進む東アマゾンに大きな影響を与え、先住民族の生存を危うくすることは避けられないとみられている。しかも、それを進めるのが軍事独裁政権や反動地主層ではなく、労働者党政権なのである。

アマゾン森林を危機においやる森林法改訂

 さらに森林法改訂である。1965年に制定された森林法は水源などの保護林の規定を持ち、これまでブラジルの森林を開発から守る憲法のような存在であった。この森林法の規定を大幅に緩和する改訂案が昨年出され、今年の7月に委員会通過。この改訂が利するのはアグリビジネスだけだと、MST(土地なし地方労働者運動)や環境団体、先住民族の支援団体をはじめとするNGOは連携して反対運動を展開したが、この法案を提案したのはなんとブラジル共産党(PCdoB。もう1つのブラジル共産党PCBは反対)。労働者党は党としては反対の立場を取ったが、議会をコントロールする大地主層に押し切られてしまった。

 アマゾンの破壊は大きな気候変動をもたらす危険があり、この森林法改訂は地球大に大きな影響を与える可能性がある。

 今年10月、ブラジルは大統領選を含む総選挙がある。しかし、ベロモンチダムの問題や森林法改訂の問題は争点になりにくい。先住民族は2億近いブラジル人口の20万〜30万を占めるにすぎず、これまで彼らと共にいた労働者党政権は現在は敵対的。森林破壊で脅威にさらされる地方労働者や小農民の声もまた届きにくい。先住民族や森林保護を掲げる緑の党で元労働者党政権環境相マリーナ・シウバ大統領候補は労働者党の候補に大きく離されている。労働者党政権の実現で世界的に注目されたブラジルの民衆運動は大きな難問にぶちあたっている。

ベロモンチに関するTwitterアップデート一覧

森林法に関するTwitterアップデート一覧

電子書籍を作ってみた

といっても、電子書籍のフォーマットの1つ、ePubを使って、データを流し込んでみただけ。

どんなことができるのか、どんな可能性があるのか、何がやりにくいのかを知りたかった。

結論として、ePubは基本的にWebを作る手法がそのまま通じるところが多く、敷居は低い。WebのコンテンツをそのままePub形式にコンバートしてダウンロードさせるとかはそう難しくないだろう(たぶん、もう誰かがやっているはず)。

あれこれ気がついたこともあるのだけど、まずは初めての電子書籍『Twitterで見たブラジル』(174Kb)をダウンロード。読むためにはePubを読める電子書籍リーダーが必要。

ちなみにiPod Touch 上のStanzaでの動作確認はやってあります。

追記 11:45 Firefoxのaddon、EPUBReaderを入れてみたけど、索引へのアンカーリンクが機能しません。アンカーはタグ文字をurlencodeしました。Stanzaでは動いてくれたのでおkかと思ったのだけど、Firefox上ではそうではなかったようで。Perlのスクリプトで索引付けをしたのだけど、日本語をアンカー用にASCII文字にするのはurlencodeでは十分でないとすると、困ったもんだ。英語だったらシンプルなスクリプトで処理できるのに、またもやここで面倒な処理しなければならないか…。