EUの「ゲノム編集」食品規制はどうなるか?

 これまで「ゲノム編集」作物でさんざん騒ぎながら、市場に出たものは米国Calyxt社の大豆だけで、今後出ることが決まっているのも日本のサナテックシード社のトマトしかない(1)。でも、それは従来の遺伝子組み換えと同様に規制する方針を出したEUの存在があったからだと言えるだろう。そのEUで欧州委員会が4月29日、規制緩和に向けた報告書を出した。これは一気に「ゲノム編集」が世界に出てくる前提になりうるもので懸念が世界で表明されている。日本にも影響は必至だろう。
 2018年に欧州裁判所は「ゲノム編集」、つまりNew GMO、新たな遺伝子操作技術には従来の遺伝子組み換え食品と同じ規制を適用すると判断した。それ以降、遺伝子組み換え企業はこの規制方針を覆すために圧力をEUに加え続けており、そのロビー状況が曝露され、スキャンダルにもなっていた(2)。
 この欧州委員会の発表の前に、ドイツの環境相とオーストリアはNew GMOは従来の遺伝子組み換え規制を適用すると述べていたし、多くのEU市民もそれを望んでいた。しかし、この報告では「ゲノム編集」などの新たな遺伝子組み換えに対して従来のルールを当てはめることは難しいという結論を出している。つまり、安全審査もせずに規制緩和すべきというものになっている。当然のことながら、今回の報告については多くの市民団体から抗議の声が強く上げられている(3)。
 
 今回の決定によって、今後、どう動くだろうか?

 遺伝子組み換え企業は彼らのビジネスが行き詰まった原因を規制のせいにしている。規制があるから市民が反対し、伸びなくなった、と。だから規制のない遺伝子操作技術を出すことに躍起となっており、そこで「ゲノム編集」が脚光を浴びることになる。「遺伝子を破壊するだけで外の遺伝子が入らない形の「ゲノム編集」作物であればそれは自然の変異と同じ」という新たな神話を作り、規制を一切させない形で世に出すことに、米国や日本などでは成功した。しかし、欧州裁判所はその欺瞞を許さない判断をした。それが今回、覆されようとしていることになる。
 
 EUではグリーン・ディール政策や農場から食卓(Farm to Fork)戦略で有機農業を大幅に拡大させる長期計画が出されているが、その計画ももしこの規制緩和がされれば台無しになってしまうことは確実である。わずかな企業のロビーでここまで狂わされるのだろうか?
 
 もし、このまま規制緩和されたら何が起きるだろうか? なんら種苗にも表示もされなければ農家も選ぶことができなくなる。流通業者も消費者も選択する権利を失ってしまう。このことで最初の脅威を受けるのは有機農家だ。
 有機農業では遺伝子操作した種苗は使えない。でもその選択ができなくなる。「ゲノム編集」種苗が増えれば、有機農業の存続自体が脅かされかねない。今、一番、成長著しい農業は有機農業であり、低迷を続ける遺伝子組み換え農業に対して、20年で5.5倍近い急成長を有機農業は果たしている。その有機農業の存続を危うくする。そして、遺伝子組み換え食品を避けていた消費者もその選択が不可能になる。有機農業と並行して、非遺伝子組み換え食品市場も大きく拡大していた。
 次に出てくるのはこれまで遺伝子組み換えで作っていた農薬かけても枯れない遺伝子組み換えや虫が食べたら虫が死んでしまう作物を「ゲノム編集」で作っていくという流れになるだろう。急速に従来の遺伝子組み換えから「ゲノム編集」など新たな遺伝子組み換え技術への切り替えが進むだろう。そして、New GMOには規制がない。表示もなければ審査もなく、情報は開示されない。これまで以上に農薬が使われていく可能性も高い。
 
 この悪夢のシナリオはもう変えられないのだろうか? いやそうではない。まずEUの規制がどうなるかは今後次第。遺伝子組み換え作物の商業栽培が始まったのは1996年、EUの現在の規制ができたのは2001年のこと。5年かかっている。そして、この規制は遺伝子組み換え農業の未来を変えた。2019年に最初の「ゲノム編集」作物が商業栽培され、今、2年目。これからしっかりとした規制を作らせることはまだまだ可能だろう。
 それには時間がかかるかもしれない。でもすぐにできることがある。それは「ゲノム編集」されていない種苗にまず表示をすることだ。「ゲノム編集などしてません」と。その収穫も「ゲノム編集していない」、それを使った加工品もしていない。今、出回っている種苗はされていないので、それすべてに表示が可能であるということになる。こうやって種苗から食全体をリンクさせていくことで、わたしたちは農家も消費者も安全なものを選択できることになり、選択する権利を確保することができる。その流れが優勢になれば、遺伝子操作を行う遺伝子組み換え企業、バイオテクノロジー企業の成長は止めることができる。今、有機農業や非遺伝子組み換え食品市場の成長が遺伝子組み換え食品市場の成長を上回っているように。
 
 今、それに向けた努力をするかしないか、これは今後の食のあり方、社会のあり方、環境、生態系のあり方を大きく左右することになるだろう。大変な時代に入ってきてしまっていることは確実なのだが、未来がないわけじゃない。市民の手にかかっている。
 
 まだ、公にはできませんが、準備していることはあります。ご期待を。
 

(1) EUに最初の「ゲノム編集」作物が申請されたと報道されているものがある。これはコルテバ社(ダウ・デュポンの合併)の除草剤耐性・害虫抵抗性遺伝子組み換えトウモロコシ。最初に「ゲノム編集」を使っただけで、いわゆる「ゲノム編集」作物と呼びうるものではない。

(2) 市民団体の情報公開請求でCRISPR文書(CRISPR Files)と呼ばれるロビー実態を示す文章が開示され、スキャンダルになった
https://www.facebook.com/InyakuTomoya/posts/5172159592810829

(3) 今回の報告を非難する声明のリスト(もっとあるけど、その一部)

国際有機農業運動連盟(IFOAM)の声明
Organic movement raises red flag on assumed benefits deregulating new genomic techniques
https://www.organicseurope.bio/news/organic-movement-raises-red-flag-on-assumed-benefits-deregulating-new-genomic-techniques/

European Commission opens the door to new GMOs
https://www.slowfood.com/press-release/european-commission-opens-the-door-to-new-gmos/

European Commission bowing to industry lobby campaign on new GMOs
https://corporateeurope.org/en/2021/04/european-commission-bowing-industry-lobby-campaign-new-gmos

EU Commission backs removing safety checks for new GMOs
https://friendsoftheearth.eu/press-release/eu-commission-backs-removing-safety-checks-for-new-gmos/

New GMOs: EU Commission must make significant improvements
https://www.ohnegentechnik.org/en/news/article/new-gmos-eu-commission-must-make-significant-improvements

Commission under fire for new ‘deregulatory’ approach to GMOs
https://euobserver.com/climate/151712

EU Commission wants to reform GMO regulation
https://www.testbiotech.org/en/news/eu-commission-wants-reform-gmo-regulation

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA