種苗法改正で本当に問われるべきだったこと

 改正種苗法について、立ち位置によってさまざまな意見があると思いますが、以下のことを念頭に入れていただければ大変幸いです。

 これまでの種苗法は新品種を育成した育成者とその種苗を使う側の農家の両方の権利を守らなければならないというものでした。新品種を作ることができなくなれば農業にも影響を与えてしまいますから育成者の方たちが事業をやっていけることはもちろん、重要です。そしてそれを買う側の農家がいなくなれば、売り先がなくなってしまいます。だから両方をバランス良く支えることが不可欠になるけれども、今回の法改正はそのバランスを壊してしまうことに懸念があります。

 でも、それは問題の1つに過ぎません。今後、地域で必要とされる種苗をどう確保していくか、という問題があります。各道府県で活用される種苗を調べていけばすぐわかりますが、国や地方自治体が開発した公的品種が大きな割合を占めています。これを民営化することが今回の種苗法の隠れた目的でしょう。

 種子法廃止、農業競争力強化支援法、種苗法改正をその観点から並べると見事につながります。民営化というのは地域の個人の育種農家を差すのであればそれも歓迎していいことかもしれません。しかし、ここでの民は巨大企業、あるいは今後新興することが見込まれるバイオテクノロジー企業であったとしたらどうでしょう?
 
 公的種苗事業の民営化だとして、2018年の種子法廃止から3年、どれだけ民営化が進んだか、と見るとさほど変わっていないという現実があります。その根幹の原因は種苗の新品種の開発には膨大な手間と時間がかかり、営利事業としてやっていくことは困難だからです。そうした儲からないけれども、将来的にも重要な事業ということであれば、やはり公的種苗事業をしっかり守っていかなければならない、という結論にならざるをえないだろうと思います(1)。

 その意味では種子法廃止は失敗した法改正であり、実際に種子法を実質的に継続させるための種子条例を定める地方自治体が続出しています。もっとも元に戻すだけでは十分ではないのです。というのも、種子法廃止前の10年間、すでに都道府県は新品種を作る力が半分くらいの落ち続けているのです(2)。
 
 知的財産権を維持するためだけであれば新品種などは不要で、多様な在来種を生かしていくことで十分かもしれませんが、今後、気候変動もさらにひどくなってゆくことも考えれば、新品種もまた必要でしょうし、それが作れないとしたら大きな問題になります。種子法復活させるだけではなく、公的な種苗事業のあり方を見直して、地域で必要な品種を作っていけるように変えていく必要があるでしょう。
 
 しかし、政府にはそのために公的種苗体制を強化する姿勢が見られません。農水省が昨年出したロードマップではバイオテクノロジーを活用した育種を戦略の中軸に据えています(3)。それは「ゲノム編集」のようにサイバー空間で設計した新品種を作るというもので、それは以前のような広大な圃場も時間も不要になる。これであれば以前のような体制強化は不要ということになるのでしょう。
 もっともバイオテクノロジーを使った新品種開発にも儲からない基礎研究が必要になります。まだまだ技術は未熟過ぎて、ベンチャー企業がやるには手に負えない。だからその部分は国の農研機構や大学、都道府県の農業試験場がわれわれの税金投入してやる。そしてその知見は民間企業に移して、その知的財産権で民間企業に儲けさせる、ということになるのでしょう。そのための法律が農業競争力強化支援法になります。そして、サナテックシードの「ゲノム編集」トマトはそのプロトタイプだと思います。
 
 遺伝子を操作して新品種を作るのは手っ取り早いように見えるかもしれませんが、遺伝子の機能はきわめて複雑であり、人類はそれに手を付けられるほど成熟していません。第1世代の遺伝子組み換え作物が散々な結果になっていることを見ればそれは明らかでしょう。特に「ゲノム編集」は遺伝子を破壊する技術であり、いったん破壊した遺伝子は戻ってきません。その方向に進むことは危険過ぎます。
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 今、世界でその価値を再認識されているのが在来種、いやさらにこれまで農作物としては扱われていなかった野生の品種までが注目され始めています。
 今後、気候変動激化や生物の大量絶滅という事態を迎える中で、どう生態系の復活を可能にしていくかは人類の最大の課題です。遺伝子を破壊した作物を大量栽培する時代ではありません。
 
 多様性を生かした農業を可能にするには地域に合った種苗を公的に守っていく、その基盤があってこそ、地域の育種家農家や民間種苗会社もさらに活躍できるはずです。その基盤を再構築する政策を求めていく必要があると考えます。

(1) 種子法を廃止しても民間育種が難しい本当の理由
https://smartagri-jp.com/agriculture/1307

(2) 農水省資料『種苗制度をめぐる現状と課題 ~種苗法改正法案の趣旨とその背景~』2020年7月
http://www.jfj-net.com/wp-content/uploads/2020/20200715-JFJ-new.pdf

(3) 農水省:農林水産研究イノベーション戦略2020 2020年5月
https://www.affrc.maff.go.jp/docs/press/attach/pdf/200527-2.pdf

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