食料主権、地方自治を危うくする種苗法改正

 来週から参議院で種苗法改正法案の審議が始まります。これまで日本の農業を支えてきたタネは農家のタネ、地方自治体・国のタネ、民間企業のタネに分けられると思いますが、中でもお米では圧倒的に地方自治体のタネです。コシヒカリ、ササニシキ、あきたこまちなど日本を代表する稲は福井県、宮城県、秋田県が育成してきました。その割合は99%近くになるのではないかと思います。これを民間企業にやらせたい、というのが種子法廃止から始まる一連の意図であり、種苗法改正法案もその中に位置づけざるをえません。

 公的種苗事業の民営化という点では農業競争力強化支援法8条4項ばかりが注目されます。地方自治体の種苗の知見は民間企業に渡せと書かれている条項です。でも、農水省は渡すべき知見に育成者権は含まれない、これまで420件の知見が民間企業に渡されたけれども、育成者権は入っていない、誤解だと農水省は言いますが、その詳細は一切発表しようとしません。

 しかし、8条4項だけに絞りすぎると問題が見えなくなると思います。実際に育成者権は渡さない(現在は)、ということもありうるからです。しかし、だから安心とは言えません。それ以上に問題なのが7条です。

 民間企業と地方自治体は同じ条件で競争しなければならない、と書かれています。こうなれば税金を積極的に入れにくくなるでしょう。税金ではなく、農家に買って支えさせろ、民間企業がそうしているように同一の「適正な競争」下でやれ、となる。でも、儲からない少量の地域を支える種苗は作れなくなってしまうでしょうし、そうなれば地方自治体の種苗事業は痩せ細るしかありません(コメント受けて、追記しますが、政府のイノベーション戦略の中では地方の農業試験場は「ゲノム編集」の普及機関になっています。種苗事業者として種苗を売る部分は民間へというのが政府の青写真だと思います。痩せ細っていくというよりは役割を変えられてしまうという方が正確かもしれません)。

 そもそも民間企業は野菜や花などを除けば、地方自治体が安くて優秀な多様な種苗を作り続けている限り、参入しようにも参入しようがない。特にお米や麦などは農家はみんな自分の田畑にあった、安くていい公共品種を買うから。だけどそれが作れなくなっていけばどうなってしまうでしょう。

 税金投入が減っていけば、公的種苗事業を支えてきた人材も民間に流れるでしょう。農業試験場の種苗部門は開店休業状態になっていけば、新品種は作れなくなります。そうなれば民間企業が独占的になっていく可能性が高いです(もちろん、在来種や登録切れ品種を活用していく手もありますが、流通も民間企業に押さえられてしまうとそうしたものも活用できなくなる)。

 日本を代表するお米の品種のほとんどは道県の農業試験場が作ってきました。でもここ10年で新品種を作る数は半分以下に激減しています。今回の種苗法改正はそれを加速するでしょう。そして、規制改革推進会議が提言した農産物検査規格の見直し(7月17日閣議決定)を受けて、お米の農産物検査法の改定がとどめを差すことになってしまうかもしれません。

 今回の種苗法改正法案で導入されようとしている自家増殖一律許諾制とは農家のタネの権利を奪うということももちろん、大問題なのですが、これまで税金を元手(といっても予算額ではきわめてわずかな金額)に取り組まれていた公的種苗事業を、税金から農家が買って支えるものに変えていく、という面も見なければいけないように思います。要するに地方自治の決定権が奪われる、という問題だといわざるをえないのです。

 これまで地域を支える種苗を地方自治体が作ってきました。それが今、骨抜きにされようとしていると言わざるを得ません。もちろん、この体制の中では、在来種が排除されており、それへの対策も重要なのですが、根幹を成す公的種苗事業が骨抜きになれば維持できなくなる農村も出てくると思います。農村がダメになってしまえば、在来種も守ることができなくなります。そして、米、麦、大豆、イモなどは私たちの生存に深く関わります。食料保障の問題にもなります。

 ブラジル北東部で干ばつがひどくなり、家畜の餌がなくなり、ブラジル大統領は輸出向けの穀物を輸出禁止にして北東部に振り向けようとしました。しかし、それはできませんでした。なぜなら、その穀物は多国籍企業が握っていて、その大統領命令は多国籍企業に拒否されたからです。多くの家畜が死に絶え、農家も生きる糧を失いました。食料保障に関わる分野で公的事業が力を失えば私たちの命そのものが脅かされていきます。食や命をどう守るか、これは政治の要であり、それを見失ってはならないと思います。

 少なくとも主食である穀物は今回の種苗法の改正の対象にしてはなりません。そして地方自治体、国はその安定的な生産に責任を持つ必要があります。

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