アマゾン破壊と日本(その6)アマゾン破壊と私たち

 アマゾン破壊を止めて、アマゾンそして世界の未来の世代が生きられる環境を守るために何ができるだろうか?

 日本では過度なまでに自己責任の思想が染み渡っていて、個々人でできる話だけにすぐされてしまう傾向があるのだけど、この破壊が政治によって作られているものである以上、アマゾンを守るために政治を変える必要があることをまず強調したい。
 ブラジルは極右の大統領の登場によって大いに損なわれてしまったが、人権を守る立場の革新的大統領を3期連続選んできた国であり、今回も不正な司法によってルラ元大統領が収監されない限り、確実に選ばれていた。極右大統領が選ばれたのはブラジルの寡占勢力と多国籍ロビーが引き起こしたクーデタと断定してもいい出来事だ。しかし、民衆運動の力は健在で、今もボルソナロ政権の責任を追及している。
 追い詰められた大統領を日本からの援助が支えることがないように日本政府を監視する必要がある。ボルソナロ大統領が教育費をカットを正当化する口実に使ったのは安倍政権の教育政策だった。ボルソナロ政権と安倍政権はあまりのその性格が似ている。前にまとめたように、日本からのODAによってブラジル内陸部の開発が加速した。そのことの反省を踏まえ、国会でも追及すべきだ。アマゾンを守る(森の民を守る)ために政治を変える必要がある。

 アマゾン破壊の直接・間接の要因は放牧、大豆・トウモロコシの栽培、鉱山開発・ダム開発が上げられる。
 大豆は味噌、醤油、豆腐、納豆など日本の食には欠かせないものだが、本来、大豆を食べていたのは東アジアから東南アジアの一部に限られていた。そうした食用の大豆の消費量は小さく、かつては肥料と油の原料として拡大が始まり、現在ではさらに飼料として大量生産され、大豆は現在グローバル商品となり、南北米大陸で集中的に生産されている。この大豆がグローバル商品になる上で、日本は大きな役割を演じてきた。今、このグローバル商品化した大豆から本来の大豆のあり方を取り戻す必要がある。それは日本が責任を持って世界に提案すべきではないか?

 戦前も日本はこの大豆を中国東北部と朝鮮半島に8割を依存していた。敗戦によって、その供給源を失った日本は米国にその代替を求めた。戦後の日本の食の体制は米国の農産物の輸入がベースとして構築された。国内の農業切り捨てと国外依存こそが戦前戦後を貫く問題としてある。過度の米国依存に陥っていたことに田中角栄がブラジルでの大豆開発を命じるのが1974年だが、それでもこの枠組みは変わっていない。
 国内の農業を切り捨てるから国外から強引にでも調達しなければならなる。日本のマスメディアは発達していないから国外で何が起きても報道されることはない。だからその関連が日本語情報圏の市民の意識にのぼることはこれまで稀であったかもしれないが、この問題はつながっている。日本の食はアマゾン破壊だけでなく、東南アジアの熱帯林破壊にも関わっているが、それをただすためには他ならぬ日本の国内の農業を再構築する以外に解決策はありえない。

写真はアマゾン地域に隣接された大豆耕作地域で子どもを含む先住民族が殺された地域で大豆が耕作されていることを告発する現地の市民団体が作ったポスター

 しかし、国内では、必要なだけの大豆は作れないという声が出てくるだろう。大量の安い肉と加工食品の消費を前提にすればそれは不可能だろう。しかし、こうした食が同時に環境のみならず、私たちの健康も害していることを考えるべきではないか? 維持不可能な農業は健康にも破壊的な影響を与えている可能性が高いことを考えれば食のスタイルを変えることで得られることは大きな意味があるはずだ。

 アマゾン破壊や気候変動や飢餓問題を話すとよく畜産業こそが元凶であり、菜食主義に徹すべきだと主張すべきという人が出てくる。しかし、これには全面的には同意できない。確かに、現在のアマゾン破壊や気候変動がこうした安い肉の生産とつながっていることは間違いがない。だから、こうした肉を食べてはいけないし、こうした肉の生産をそもそも規制・禁止していくべきだ。植物ベースの食を基本にしていくことで現在私たちが直面している多くの問題を解決できるだろう。しかし、畜産業そのものを敵視したり否定したりすることは別の問題を生み出すだろう。

 自然は植物だけで構成されてはいない。自然の循環の中で動物の存在は大きな意義がある。土壌微生物が十分発達できない環境では生命の循環が続かなくなってしまうが、そうした地域では微生物たちは自らの生育できる環境を動物の体内に見出した。そしてその動物の体内で発達した微生物の力で、土壌微生物が十分発達できない地域でも命が満たされていく。
 もし、そうした動物がいなくなれば、その地域では土も水も失われ、生命が存在することが困難な地域になっていく。気候変動も加速していく。その環境に合わせて人びとは畜産業とその文化を発展させてきた。その意義を無視して、肉食、あるいはその文化を否定することになれば、文化的多様性も失われる。先住民族差別にもつながりかねない。

 しかし、環境を守る形で生産されている畜産品はきわめて限られたものとなっていることは現実であり、実際の選択として、肉よりは菜食中心の食にしていくことは不可避の選択となるだろう。特にブラジル産を含む遺伝子組み換え作物で作られた食肉は不売・不買すべきだ(もっともブラジル農産物といっても、アマゾン破壊に関わっていないもののボイコットにならないように注意をお願いしたい。たとえばコーヒーやカカオは化学肥料・農薬を使う改良種の場合はともかく、自然林を生かしたものが存在する。コーヒーやカカオは日陰が必要なので、自然林を生かしている農園もある。まったくアマゾン破壊ともつながらないものをボイコットすることがないように注意をよびかけたい)。

 アマゾン破壊に間接的につながっているものにはセラード地域でのユーカリ植林もある。これまた日本のODAも入れられて日本のほとんどの製紙会社が関わっている。ブラジルで紙パルプが環境を破壊して作られている。さらに上げればレアメタルを使う製品、アルミ缶なども関わる。そうしたものの大量消費をやめることも不可欠な実践となるだろう。

 アマゾンの先住民族、セリンゲイロ(天然ゴムなどの採取人)、キロンボーラ(黒人コミュニティ住民)などのアマゾンの伝統的住民である森の民との連帯をして、アマゾン森林を守ることは、近代日本が走ってきた道を変えていくこと、地域を取り戻すこと、日本の伝統的な食文化の価値を再発見すること、そうしたことにもつながっていくと確信する。

追記:
 日本政府以外のアマゾン破壊のプレーヤーとして商社の問題に十分具体的に言及できないことに悔しい思いがある。実際に商社がどのような問題を引き起こしているかを調べるためにはとてつもなく労力がかかる。情報は十分公開されていないので、現地での調査が必要だが、そのためには多くの費用がかかり、現状では困難がある。しかし、海外のNGOではすでにさまざまな取り組みが蓄積されている。

 その1つがこれだ。穀物商社カーギルが世界の環境をどのように破壊しているか、今、オンライン署名を集めている。カーギルほどではないにせよ、日本の商社も同様のことをしていることがブラジルの市民組織によっても告発されている。日本でも取り組まなければならない課題としてあげておきたい。

オンライン署名 Stop Cargill, the “worst company in the world”

ショック・ドクトリンなどの著作で知られるナオミ・クライン氏の論考。アマゾンの問題で、先住民族の権利が肝心であることを語る。さすがの視点。
The Amazon is on fire — indigenous rights can help put it out

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