「細胞農業」「細胞食品」に異議あり

世界はさまざまな意味で2極化の時代を迎えている。一方で有機農業・アグロエコロジーが拡がると同時に、その対極ではゲノム編集や合成生物学などを使って、人工食そのもの、工場で食を作るSFまがいの動きが急速に進みつつある。
 なかでもコンピュータで設計したDNAから合成した生物が作り出す油で作られた食品や培養肉(家畜を産むことはせず、肉の細胞組織だけを培養して増やす)はもう空想の段階ではなく、実現してしまっている。

 昨年死去したスティーブン・ホーキングは今後の地球は汚染がひどくなって住めなくなるから宇宙に脱出する準備をすべきと主張していた。そうなれば宇宙に人間が住める環境を作らなければならなくなる。太陽系ではその環境は見出せないとしたら、宇宙船内に食品を作り出す工場でも作って長年の時間をかけて移動しなければならなくなるだろう。突き詰めていくと恐ろしい話となる。新しい星へ移される種はどんなものになるのだろうか、優生思想が入り込んでくるだろう、選ばれたものだけが新たな地に移る権利を持つというような世界になるのではないか?

 MITのメディアラボなどで国際的に活躍する伊藤穰一氏は「細胞農業」に未来を感じてしまっているようだ。彼は地球の放棄と宇宙への移民の必要を感じているわけではないことはいいのだが、培養肉の技術を進化させれば抗生物質耐性菌の脅威や世界の飢餓もなくせると考えて推進しているようだ。
 人工的に食を作り出せば、現在行われている破壊も止められる。培養肉があれば動物を殺さなくていい、ということになる。自然がなくても作れる、農地はもういらない。農民もいらない。工場があればできてしまう。小規模化すれば我が家で食が作れてしまう、というのだ。
 しかし、実際にこの人工環境で作る食の場合でも培養できる肉や微生物のエネルギーとなる糖分を作るサトウキビなどの巨大なモノカルチャーが必要となる。完全に円環の閉じられたシステムとはならないので、工場の中ですべて終わらせることはできず、結局、環境に依存せざるをえないわけだが、その環境を守る力をもはやこのシステムは持つことができない。循環するシステムではないからだ。環境が崩壊してしまえば結局存立できなくなる。

代用肉の進化と、「細胞農業」がもたらす食の未来:伊藤穰一
https://wired.jp/2018/09/16/ideas-joi-ito-on-fake-meat/

 培養肉、ゲノム編集や合成生物学などに巨額の資金が集まり、動きは加速する。しかし、果たして人類はそれほど進化しているのか、問い直した方がいい。多様性の欠如したシステムはもろい。結局はそうした人工環境は続かずに絶滅する可能性があまりに高いことがわかるだろう。人類が培養できる微生物など、全体の数パーセントに過ぎない。生態系を模倣できるほど人類は十分賢くなっていない。その状態で生態系を超えられると考えるとしたらこれほどの奢りはないと言わざるをえない。そして、それが仮にうまくいったとしても、特許を持つ極少数のエリート集団と、そのエリート集団によって生かされる奴隷状態の人びとの2極分解が生まれざるをえないだろう。そんな世界では生きたくはない。

 言うまでもないが、特別な生命などない。すべての生命は多様な生命の循環の中で生かされるものだから。特定の人種や民族が特別の価値を持つとして他の生命を差別する思想は最終的に必然的に破綻せざるをえない。もちろん、伊藤氏の思想が差別思想だと言いたいのではない。むしろ進歩的な感覚を持った研究者だと思う。でも、彼の勧める技術の進む先に、そうした差別思想が合体してしまう危険を感じざるをえない。世界の資本は急速に食の独占に向けて動き始めている。それは差別思想の具現化に結びつく可能性はとても高い。
 こんな世界を生まないために、この地球の汚染を少しでも止め、生きられる環境を取り戻す、特定の組織の技術に依存することなく、すべての人が自分たちの手で自分たちの食を決定でき、環境を破壊しない方法で食を作れるようにする、そのために必要な科学と技術、互いの知恵と経験を世界の人びとと共有していく必要がある。生態系を破壊する社会から生態系を生かす社会へと変わるように力を注ぐ必要がある。それが可能であることは世界の実践がすでに示している。しかし、そうした世界をぶちこわす資本の急激な動き、食の独占に向けた動きは加速している。世界のわずかな多国籍資本の破壊的な力に対抗するためには世界の多くの人たちがつながる必要がある。

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