COP21で問われているもの

 マスコミではCOP21での攻防はいまだに先進国対発展途上国の利害対立であるかのように語られる。古い常套句を繰り返している。しかし、その対立だけで見ていれば重要な問題を見落としてしまう。それは何かといえば、この気候変動を起こしている当の主役である多国籍企業の動きだ。
 もっともキャンペーンのやり玉にあげられるエクソンなどの石油会社だけではない。現在、温暖化効果ガスの半数を排出しているのは農業セクターである。本来、光合成によって大気中の二酸化炭素を吸収できるセクターであるはずの農業セクターは化石燃料を大量に使う「緑の革命」をもたらした化学企業の「活躍」で、流通までを含めると排出ガスの半分を占める最大気候変動促進産業セクターになってしまっている。

 そうした農業の工業化を進める多国籍企業が何をCOP21に持ち込もうとしているのかを見てみればその狙いがわかる。こうした企業は気候スマート農業のためのグローバル連合(Global Alliance for Climate-Smart Agriculture、GACSA)に加入している。このGACSAという組織は2014年に米国などの22カ国の政府によって公式に立ち上げられたが、企業や非政府組織も参加しており、その企業の6割は化学肥料企業で占められている。要するに化石燃料を農業につぎ込もうとする企業たちがメインになっている。

 それではこの気候スマート農業(CSA)とはどんな農業なのか? それは真の解決策につながるものなのか? GACSA自身が何がCSAであるかを定義していない。メンバーの中には米国や英国のようなバイオテク産業の盛んな国もあれば、フィリピンやタンザニアなどの国もある。しかし、このGACSAに参加しているアグリビジネス企業の主張は多様ながらも明快だ。

 総じて、アグリビジネスの利益になる農業であり、彼らの崩壊しかけているビジネスモデルを繕い、それを国連の進めるポリシーとして確立しようというところだろう。要は化石燃料をつぎ込む化学企業としての利益が確保される農業、それ自身、気候変動を促進せざるをえないものだが、それを気候変動に対応するスマート農業という名前で売り込もうというものなのだ。
 
 具体的にみれば、干ばつに耐えるように遺伝子組み換えされた作物、さらには究極の遺伝子組み換えと言われる合成生物学を使った食品生産などである。その課程の中で6大遺伝子組み換え企業はその推進エンジンとなっている。農業の工業化によって農業・食料セクターを最大の気候変動推進セクターとした農薬企業や化学肥料の企業利益を守るためのプランを気候変動への対抗策だと強弁しようとしている。
 
 たとえば、シンジェンタ社による干ばつに耐える遺伝子組み換え作物をみよう。通常、植物は干ばつに出会うとアブシジン酸(ABA)というストレスホルモンを産出し、自身の水の蒸発を減らすメカニズムを持っているが、シンジェンタはこれをシンジェンタの農薬をかけるとこの反応を起こすように合成生物学により作り替えた。つまり、干ばつが起きたらシンジェンタの農薬を使わなければならないということになる。植物が持っている機能を自分たちの都合のいい機能に変えるというのが彼らのスマートさ(ずるさ)ではないか。

 ここで言われる合成生物学とは何か? これまでの遺伝子組み換えが既存の生物の遺伝子を他の生物に強制的に組み込むものであったり、既存の遺伝子を抑制する技術であったがこの合成生物学ではDNAを一から作ってしまう。極端なイメージとしてはコンピュータで設計したDNAをDNAプリンターで合成して、生物を作ると考えればいい。この技術はすでに実用化しており、藻のような簡単なDNAのものはすでに作られており、化粧品、アイスクリームやお菓子のバニラ、パームオイルの代用品などがこの技術によって実現できるという。

 しかし、このDNAが自然界に放たれた時にどのような問題が起きるかは十分な知見はまだ得られていないにも関わらず、すでにこの技術を使った大きな産業革命が起こされようとしている。
 
 つまり植物の光合成を工学的に最大化された光合成に書き換えるというのだ。これによって、人類は食料生産を大幅に増やせるという。しかし、これまでの遺伝子組み換え技術がそうであったようにそうした人為的な光合成が惨めな失敗になる可能性はとても高い。これまでの遺伝子組み換えが生態系を破壊してきた以上に破壊してしまう危惧が寄せられるのは無理もない。さらに、なぜ今、なぜ食料生産を増やそうというのか?

 「食料が足りない」「世界が飢える」と叫び、世界が飢えているからこそ、この合成生物学が世界の救済策なのだと宣伝したいわけだ。その点、世界の人びとが気候変動に怯える中、この提案を堂々と行って、われわれの税金を使って、彼らの企業の利益にしようというわけだ。
 
 しかし果たして世界に食料が足りないのだろうか? 確かに、世界には飢えている人たちがいる。彼らが飢えているのは食料生産が足りないのではない。食料は十分ある。しかし、その多くが消費されることなく廃棄される。貧しい人にはアクセスできない。貧しい人たちが食料にアクセスできるようにすれば飢餓は解決できる。逆に食料生産を増やしても、その生産が独占されれば、飢餓はさらに深刻化する。食が満たされ、女性の性の権利が守られた時、人口爆発は止まる。貧しく、女性の権利が無視される→子どもが増える→さらなる貧困、という悪循環を止めるのは食の分配であり、女性の権利尊重であって、食料の単純な増産ではない。

 これまで農業の工業化によって気候変動を作りだし、食料生産の独占化によって飢餓問題を深刻にしてきた当の犯人が、自らを救済者として演出する場としてCOP21を使おうというわけだ。彼らの化学物質自身がいつまでも持続できるものではなく、使えば使うほど、気候変動を促進するというまさに笑い話にしかならない話があたかもスマートであるかのように金を使って宣伝しているが、そのおかしさは子どもでもわかるほど単純な間違いとしかいいようがないではないか?
 
 それならばこのCSAが問題解決にならないとしたら、この気候変動問題を解決する本当にスマートな農業とは何か? それはすでに多くの世界中の農民組織、市民組織があきらかにしているアグロエコロジーである。十分な生産性を持ち、しかも土壌の自然を回復させ、植物の力で土壌に多くの炭素を吸収することができる。このことにより、現在大気中に出てしまった二酸化炭素も大幅に土壌の中に蓄えることができ、気候変動も大幅に抑えることができることがすでに多くの研究者によって指摘されている。

 さらにアグロエコロジーは貧困層が直接、健康な食を取り戻す方法、反貧困の面でも優れており、ラテンアメリカやアフリカでは大きく成長を遂げており、欧米などの貧困地域でも取り組みが本格化している。農民運動、環境運動、社会運動によって広く支持されるものへと大きく成長している。
 
 多くの農民組織、さらには環境・社会運動団体もこのアグロエコロジーを共通の旗印にして、COP21に参加する。フランスの非常事態宣言により自由な動きができない中、どこまでその声が届くか心配だが、これはまさに世界の転換点を作れる動きなのだ。工業化農業のさらなる推進か、それとも生態系を守るアグロエコロジーへの転換かが問われる機会と言っていい。もちろん、農業分野以外でも、核エネルギーの復活を狙う原子力村の動きにも十分警戒が必要だろう。
 
 先進国対途上国というみせかけの対立ではなく、真の対立は多国籍企業のビジネスモデルのごまかしによる企業のプロモーション対世界の市民が主張するオルタナティブという面に光をあてた報道を待ちたいものだ。

参考
New Report Questions Risky Synthetic Biology Developments Promoted Under “Climate-Smart” Guise

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