ブラジルと日本ー変わるべき関わり

過大評価と言われてしまうかもしれないが、日本はブラジルのあり方に大きな影響を与えたと考えよう。現在のブラジルでの市民生活の中で日本の影響は、少なくとも日本政府や企業の影響力は微々たるもので影響を与えているなどとはまったく感じられない。ブラジル社会で人目に付くのは日本企業ではなく韓国企業だし、貿易で存在感のあるのは中国だ。

何もナショナリストになって、存在感を主張したいわけじゃない。逆に日本はこれまで間違った方向に影響を与えてきたと考えている。しかし、実は日本はブラジルと別の関わりをすることができる(実際にしてきてもいる)し、それが世界を変えもすると考えたい。

何を間違ってしまったかというと、農業のあり方だ。

70年代後半から日本政府はブラジルに農業開発援助を行う。当時工業発展を中心に捉えていたブラジルが農業開発の可能性に気づき、その後、世界的な農業輸出国となるきっかけを日本が作った。米国は第2次大戦後世界の農業超大国として影響を与えていくのだけど、それに並び立つ農業大国を作る上で日本は大きな役割を果たしている。現在、ブラジルは米国の大豆生産をしのぐ勢いで生産を拡大しており、ブラジルの農業セクターは世界的な動向を支配する。

日本の援助で進められた農業開発は植民地型の農業開発だった。つまり地域の農民を支援するのではなく、開発対象地域ではない地域外の農家を移民させて行われたもの。そこで現地の文化や民主主義はいっさい顧みられることがなく、その成功は農業生産、それに伴う関連産業の生産高のみで評価される。

ブラジル隣国のパラグアイでも同じタイプの農業生産が急速に進められる。ここでパラグアイにとって悲劇であったのはブラジル内陸部に入植した農民も同じブラジル人(文化的にも人種的にもずいぶん違う人たちではあったが)であったのだが、パラグアイに入植していったのは外国人であるブラジル人であったということだ。

大豆連合共和国シンジェンタの広告パンフレット

今やブラジル、パラグアイ、さらにはアルゼンチン、ボリビア、ウルグアイにまたがる地域は「大豆連合共和国」(シンジェンタ)と揶揄されるくらい世界の大豆の大きな部分を生産する地域であり、政治的にも暴力的な地域となっている(農薬汚染に反対する住民への殺害脅迫、先住民族や小農民への殺害などにそれは現れている)。この大豆生産が世界の畜産業のかなりの部分を支えている。その大豆は遺伝子組み換えであり、農薬汚染も高い。その安全性にはかなり疑問符が付く。

この農業は社会的にも環境的にも持続可能ではない。エネルギー大量投入が必要なこの工業的農業は石油や水の枯渇により、その持続性には警鐘がならされている。また、高度に機械化された大規模農業は雇用を生まず、小農民を排除し、極少数の巨大地主を作り出す。作られる生産物は地元で消費される食料ではなく、ほとんどが輸出向けの家畜の餌やバイオ燃料。大規模なモノカルチャーは生態系を破壊し、農薬汚染は蜂の減少などによりその生産の維持すらが危ぶまれる状況になっている。

もう一つの農業

この工業的農業は日本の見果てぬ夢だったのだろうか?

小さな土地で生きる貧しい日本の農村、それに対する広大な中国東北部(満州)の土地、それを失った後に再び見た夢がブラジルの大地だったのか?

それは本当に日本の農民の夢であっただろうか? 農民が必要とされない工業的農業は農民のユートピアだろうか?

日本の農家の蓄積した技術は世界的なレベルにあると思う。実は日本の誇るべき農業はこうした大規模農業にあるのではなく、小さな土地でも高い収穫を得ることができる小規模な有機農業にあったのではないだろうか?

こうした工業型農業とはまったく異なる小規模な有機農業が実際に日系人の農家の方々により、ブラジルに広められていると聞く。まったく相異なる2つの農業が日本の関わりで作られているのだ。

小農民による生産はブラジルでも7割の食料を生産しているという。家族農業はその家族の生存を可能にするだけでなく、社会や環境を守り、失業者を減らす。女性の権利を守ることにより、生まれる子どもの数が適切なレベルにとどまることにより、人口爆発も抑えられ、社会も持続可能性が増す。

しかし、残念なことに大規模農業を奨励する環境では小規模家族農業は維持することが困難になる。市場が大規模生産を前提にして、多額の融資を受け、大規模に作付けし、外国企業の穀物メジャーと取り引きをするようになると資金力のある農家しか生き残れない。

これまでの日本政府のブラジル農業への寄与は残念ながらこの大規模農業の推進であった。小農民の支援という名前こそ踊るが、実質的に日本の関与がブラジル農業の大規模化に貢献したことは否めない。このように書けば援助関係者からこれだけが唯一の道であったという反論が来るだろう。しかし、本当にそれしか道がなかったのか?

今、南米で燎原の火のように広まっている運動にアグロエコロジーがある。これは農作物を作り出す方法に限定されている有機農業の枠を越え、農業の社会でのあり方そのものを包括的に捉えていくあり方であり、実現可能な農業実践である。モノカルチャーによって破壊されている社会や環境を取り戻していく上で有効な手段としてその取り組みがブラジルを中心に拡大している。

このアグロエコロジーに日本の経験が結びついたらどんな大きな変革が作れるかを夢想する。

ブラジルだけでなく、世界の農業生産のあり方を変えるかもしれないし、世界の飢餓を救う上で大きな役割を果たせる可能性があると思う。もちろん、農業もまた多様なものであり、世界の異なる生態系に応じて異なる農業が必要であり、日本型農業を押しつければいいというものではないだろう。しかし、日本で育まれた技術は世界各地で活用可能なものだろう。アグロエコロジーは社会の民主的な関係を重視する。技術的な独裁的手法が解決するものではないことはいうまでもない。

既存の社会的関係を民主化することなく、既存の既得権益層と結びつく形で行われてきた日本の援助が大規模農業開発になってしまったのには必然性がある。いくら小手先で小農民支援をうたってもそれは絵に描いた餅以下のものにしかならない。大規模農業開発を正当化する分、悪質ですらある。

今は夢想に過ぎないかもしれないが、具体的な関係を作り出す中で実現できる可能性は十分あると考える。それは政府間の援助ではなく、市民間の連帯によるものになるだろう。

一方、政府による援助(ODA)が直接この分野に入ってくることには困難がある。しかし、こうしたアグロエコロジーによる農業生産を社会的に広げていくためのインフラ整備などにあてることで間接的に社会の民主化と持続性向上に貢献するものにしていけるだろう。逆に言えば日本政府が直接外国の小農民を支援することは矛盾があることを知るべきだ。それはその国の政府と対決することにもなりかねないのであるから政府間でできない領域が存在している。それへの配慮なしに本当の意味での援助は成立しない。

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